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【NIKKEI社歌コンテスト2025】私の歌声が響いた日。社歌プロジェクトで掴んだ新たな自分

はじめまして、EXCEL女子事業本部所属で社歌プロジェクトメンバーの"よっしー”です。
2024年の社歌でボーカルを担当させていただきました。
今回、このオープン社内報を書く機会をいただき、私自身とコクー社歌との出会いについてお話しできればと思います。


私とコクー社歌の出会い

2022年、当時26歳の私は、北海道函館市で生まれ育ち、その地に住んでいました。22歳のとき、一度は上京したものの、寂しさや仕事の辛さから半年で地元へUターン。その後は接客業のフリーターとして働いていましたが、「もう一度上京したい」という思いを捨てきれず、時折転職サイトで東京の仕事を探していました。

そんな中、上京を決意したタイミングで出会ったのが「コクー」でした。
調べているうちに社歌の存在を知り、「なんだかアクティブな会社だな」と、ぼんやりと思ったことを覚えています。

居住地は函館のままリモートで一次面接を受け、二次面接へ進むうちに、コクーのことをより深く知るように。
その際、オープン社内報の記事もいろいろ読んでみました。

そのときの私の感想は、「え、なんかみんなキラキラしてない…!?」でした。

コクーの企業理念とスローガン、
「一人ひとりが、会社をつくる。一人ひとりが、未来をつくる。」
「for me, for you. 社員満足なくして顧客満足は成しえない」

これらの言葉が体現されている会社なんだと実感しました。

「私もその一員になれたらいいな…。私でも輝けるかな…。」
そんな期待を胸に、さらに会社のことを深く調べていったことを覚えています。

入社が決まったあと、初めて目にした社歌動画が
2022年の<第三作:What's "Your" Purpose?> でした。

「クオリティ高ッ! ここはなんの会社なんだ…?」

感動した私は、社歌の動画を「私が働く会社、こんなすごいことしてるんだよ!」と、地元の友達や前職の先輩に自慢げに見せていました。

何を隠そう、私は歌うことが人生で一番好きなので、「いつか社歌でセンターを務められたらなあ…」と、密かに夢を抱いていました。

その日から、私の目標はEXCEL女子として「手に職をつけて自分に自信を持てるようになること」に加えて、「コクーの社歌をセンターで歌うこと」になりました。

社歌プロジェクトに参加したきっかけ

入社直後、ウェルカムランチの場で部活動の話題になり、CPO(カルチャー推進室)の柳谷さんに「気になる部活はある?」と聞かれ、私は「歌うことが好きなので、軽音部が気になっています」と答えました。
すると柳谷さんが軽音部に所属していたこともあり、「すぐに招待するよ!」と言ってくれて、翌日には入部していたような。。。

その半年後、軽音部の懇親会でみんなとカラオケへ。
その場には社歌プロジェクトのメンバーも大勢おり、私の歌を聞いてもらう機会に恵まれました。

▲adoさんの曲を熱唱する私

お恥ずかしながら、私は歌うことはもちらん、自分を歌を聴いてもらうのも大好きなので、カラオケに誘われたら飛んでいきます。

その後、社歌2023年<第四作:~Unite for Groth~>が発表となり、ボーカルは私の直属の上長でもある"くららさん"ということが判明。

”くららさん”の優しくも芯のある歌声が曲調やテーマとぴったりで、すごいな、いいな、絶対私も社歌ボーカルやりたいな、という思いがより一層強くなりました。

そして2024年の社歌プロジェクトが動き始めた頃、くららさんから「今年の社歌ボーカル、やらない?」と声をかけていただいたのです。

き、キターーーー!!

ほんの一瞬だけ「私で大丈夫かな…」と不安になりましたが、それよりも挑戦したい気持ちが勝り、迷わずOKの返事をしました。
実は後から聞いた話では、軽音部の懇親会で社歌プロジェクトのメンバーが私の歌を聴いてくれていたので、今回の曲に合うイメージがつきやすかったそうです。カラオケに行っていて本当によかったです。

心折れそうになったレコーディング

迎えた初回のレコーディング当日。
カラオケで声出しをして気分はルンルン、楽しみでいっぱいの状態でスタジオに向かいました。ところが、いざマイクの前に立ち、歌い始めると――

全然声が出ない…!

緊張とプレッシャーから喉が締まり、「無理だ」「やばい」「助けて」と頭の中で混乱が続きました。
レコーディング前に「高音は得意です!」なんて言っていたのが嘘のようで、ボロボロの状態に。

正直、使える音源ではなかったので、1週間後に再レコーディングをお願いすることになりました。帰り道は下を向いて何が悪かったのか反省しながら歩き、家に着くと悔しさで涙が溢れました。

「私はこのまま消えて違う人がボーカルをやった方がよいのではないか…。」

そんな思いまでもよぎりました。でも、このまま負けるわけにはいきません。

「ずっとやりたかった社歌のボーカル。
           私の限界はこんなもんじゃない。絶対にできる。」

そう自分に言い聞かせ、そこからの1週間、毎日仕事が終わるとカラオケに通い、発声練習と歌い方の調整を重ねました。

実は、ボーカル担当が決まった際に、社歌プロジェクトのメンバーから「ボーカルが誰なのかはサプライズで発表したいから、メンバー以外には秘密にしておいてね~」と念を押されていました。
同じ現場で働いているExcel女子のAさんとも、録音で四苦八苦していた期間中、ほぼ毎日顔を合わせていたのですが、「今年の社歌ってどんな感じなんだろうね~」という会話が出るたびに、私は「そうだね誰だろうね~」と何食わぬ顔で話を合わせていました。

でも、内心では言いたくて仕方なかったんです。
「実は私なんです!録音がめちゃくちゃ大変で、一回目は全然ダメで泣きました。でも、今は頑張ってます!」と――。

初回のレコーディング後、緊張とプレッシャーからか、謎の体調不良に見舞われ、ご飯ものどを通らなくなるほどでした。(特徴:メンタル弱め)

それでも、2回目のレコーディング前日には体調が回復し、喉の調子も整った状態で挑むことができました。
今回は、ドラム担当の史貴さんも立ち会ってくれて、歌を聴きながら「こうしたらもっと良くなるよ」と具体的なアドバイスをくれました。

1週間調整した甲斐があってか、明らかに1回目のときとは違う感触。
今なら声、出ます。
このチャンスを逃すまいと、3時間のスタジオ予約時間をフルに使い、休憩もほぼ取らずに歌い続けました。そして、ついにOKをもらうことができました!

▲レコーディング風景

本当に嬉しかったです。レコーディングに携わっていただいた一史さん、史貴さんには感謝してもしきれません…。

 
レコーディングが終わった後、「お腹がペコペコだね」と、近くのすき家でご飯を食べることに。
私はチーズ牛カレーを注文し、一口食べた瞬間、体中にエネルギーが満ちるような感覚がしました。

あの時のチーズ牛カレーは間違いなく人生で一番美味しかった…。

▲そのとき食べたチーズ牛カレー

挫折からの復活を味わった日、レコーディングの苦労が報われた瞬間は、今でも心に残っています。

社歌初披露の日、その瞬間

社歌が初めて発表されたのは、7月に開催された「経営方針発表会議」の場でした。
社歌の関係者以外には、今年の社歌ボーカルが私であることは秘密。
皆の反応がどうなるのか、心臓が飛び出しそうなほど緊張していました。

▲「経営方針発表会議」の会場

オープニングの華々しい映像とともに、社歌が流れ始めます。
会場いっぱいに響き渡る、自分の歌声と音楽。
その瞬間は、今でも鮮明に思い出せます。
「ぶる~み~~ん。ぶる~み~~ん…」

曲が終わり、静まり返る会場。
次は自分の名前が発表されるのか――と思いきや、出ない!なぜ…。
実は「経営方針発表会議で名前が出る」とは聞いていたものの、どのタイミングかは知らされていませんでした。

発表会議が進む間、名前が呼ばれるのでは…?と何度も期待するも空振り。
休憩中も同じグループの子から特に触れなかったので、気づかれていない様子でした。
そして迎えたエンディング、流れるスタッフロールに目をやると――

「オープニング ボーカル 吉村郁乃」

 で、で、で、でたーーー!!!!

その時のスクリーン

名前が出た瞬間、隣の子が「よっしーだったの!?めっちゃかっこよかったよ!」と手を握りしめて感激してくれました。
あぁ、よかった。ちゃんと務まっていたんだ…。

懇親会では、現場で一緒に働いているExcel女子のAさんが「聞いてないんですけど~!」と笑いながら駆け寄ってきて、「よく言わなかったね!よく耐えたね!」と励ましてくれました。
気恥ずかしさを紛らわしながらオードブルの食べ物を調達する私の心は、心地よい達成感で満たされていました。

みんなの心に届く歌でありたい

今回の社歌「Blooming」は、過去の自分を倒して(乗り越えて)成長し、花を咲かせることがテーマです。

▲(左)ランナーの”かとみくさん”

私自身も、これまで自分の心と向き合い、乗り越える日々を重ねてきました。

私は小学校3年生から不登校でした。
中学校もほとんど通わず、中学卒業後は4年制の定時制高校に入学。
しかし、2年生の途中で体調を崩し休学。その後、通信制の高校に編入しました。通信制の高校も4年制で、また2年生からのスタートだったので、計5年間かけてなんとかしました。

人見知りで引きこもりだった私は、楽しそうな人たちを見ては「自分もあんなふうに生きられたら」と羨むばかり。

学校に行ってたら人生違ったのかな。
私も友達とお祭りに行ったり、旅行したり、遊んだり、もっといろんな経験がしたい。

その後悔が私を動かしました。
「これ先の人生は、やらずに後悔することをひとつでも減らして生きたい」と決意し、挑戦する人生に切り替えたのです。

働くこと、人に話しかけること、上京、ジョブチェンジ、そして社歌プロジェクトへの参加。どれも私にとっては勇気がいる大きな一歩でした。

コクーに入社してから、社内アワードのMVPを受賞した人や、自分の言葉で堂々とスピーチをする人たちを、壇上の下から一社員として眺めてきました。
その姿は本当にキラキラしていて、「かっこいいなぁ。私もあんな風になれたらいいのになぁ」と憧れる一方で、「でも、私には無理だろうな」とどこか諦めている自分もいました。

もしかすると、今度は私が社歌を通して歌う姿を見て、当時の私と同じように「かっこいいなぁ」と感じてくれる人がいるかもしれません。

でも、正直なところ、私の中身は今も案外変わっていません。
根っからの人見知りな部分はそのまま心に潜んでいて、人が集まる場では「大丈夫なフリ」をしていても、実は内心でドキドキしていたり、しょんぼりしていたりします。
そんな私を、そのまま受け入れてくれるのもコクーのメンバーでした。

▲MV撮影の様子

中身は変わらずとも、勇気を出して一歩を踏み出すことで、新しい景色が広がります。そしてその挑戦が、少しずつ成長した自分を連れてきてくれるのだと、この経験を通して実感しました。

「待っていても水は流れてこない。自分の足で見つけ出すしかない。」
これは、社歌「Blooming」の歌詞の中でも特に大好きなフレーズです。

この曲を通して、同じように「変わりたいけど勇気が出ない」「進みたいけど失敗が怖い」と感じている人に、「ちょっとやってみようかな」と思っていただけたら、それだけで私は幸せです。

▲最後に撮ったかっこいい集合写真


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